昨日の講演会に続き、今日は市内の遺産をめぐります。
集合場所の史遊館には、縄文時代から江戸時代までの多賀城市の歴史を紹介する展示室があります。
写真はありませんが、このあと多賀城文化センター内にある埋蔵文化財調査センターの展示室も見学しました。史遊館もこちらも無料で見ることができるのに展示内容が豊富で驚きでした。
バスに乗って最初に訪れたのは、歌枕で有名な「末の松山」です。
「すゑのまつやま なみこさじとは」 東日本大震災の津波が多賀城をのみ込みましたが、古来より詠われたこの地だけは被害から免れました。
末の松山から十数メートル先では、ここまで浸水したのです。
こちらも歌枕で有名な「沖の井(沖の石)」です。 平安時代の女性と共に大伴家持さんまで登場。ボランティアガイドの会代表に似ていますが、気のせいです。
再びバスで移動し、貞山運河沿いの壁画を車窓から見学。
次は、古墳時代の豪族の墓である大代横穴墓群です。ここから出土した大刀(たち)により、大和政権との結び付きが強かったものと考えられているそうです。
バスで多賀城碑まで戻ってきました。ん、誰かいるぞ!
松尾芭蕉さんではありませんか。貴重な機会なので、壺の碑(多賀城碑)を見て涙した訳を、多賀城では句を詠まなかったのはなぜかを教えて頂きました。
最後は多賀城政庁跡です。震災の復旧工事に合わせた調査も終わり、後殿の礎石も復元されていました。
今回は駆け足での見学でしたが、多賀城市職員の方やボランティアガイドのみなさんの説明で、とても興味を持つことができました。これからすこしづつ自分でも学んでいきたいと思います。